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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

「どうしてですか」

「信玄の陣中に於いて、使者の一行ことごとくが、血まつりにされたりと悲壮に響き渡れば、越後勢は、聞くだに、血をいからせ、いよいよその強味を加えるにちがいない」

「でも、一と月やふた月の間に、その事実が、敵方へ伝わるわけはないでしょう」

「なんの、到着の届け出でには、一行十二名とあった使者。それが昨日、陣中へ捕えられて来た数を読めば、頭数十人しかおらぬ。二名はかならず網の目をぬけて、仔細を謙信の許へ復命するものと思われる。――のみならず、越後の方にも甲州方の諜者は何十人となく捕えられておるし……旁斬ったところで、益のないことだ。士気を奮わさんが為に、敵人を血祭りに斬って出るなどということは、下策であり、また心ある将のなすことではない。――元寇の折、時宗公が元の使いを斬り、また遠くは高麗百済の無礼なる使者を斬ったというような異国との断絶には当然いくらもあり得ることだが……」

そのとき、前方から、漠々と馬けむりが近づいて来た。

旗じるしで、すぐどこの誰の軍とわかる。敵ではない。途中に会する味方の勢の参加だった。

いま来合せたのは、善光寺近郷を領する小柴慶俊や栗田永寿軒などの三百騎であった。