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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
と、明言した。
信玄の面に、一瞬ではあったが、慄然とした気泡が泛いた。それの去ったとき、彼は、数日来の疑問を解いていた。謙信の心態がある程度、信玄の心に映じていたのである。
「伝右、伝右。――初鹿野伝右衛門やあるっ」
旗本たちの詰めている幕のうちへ向って、信玄の声がしたのは、それから間もなくであった。
「――おりまするっ」
伝右衛門は、風吹く幕の裾を走りくぐって、すぐ信玄の床几の前にひざまずいた。
「伝右か、使いに行って来い」
無造作であったが――
「寄れ、近く」
と、その威光のある眼がさしまねいたので、伝右は、何か、はっとした感じをうけながら膝がしらで、だだと床几へ近づいた。
「妻女山まで」
――後は、何を命じたか、その囁きはあまり小声で聞えなかった。もっとも信玄の側にはその時、幕将も祐筆もことごとく遠ざけられていたのである。
程なく、初鹿野伝右衛門は、敵の妻女山へ行って、謙信と会うべく、使者たる盛装を凝らしていた。
陣羽織も更え、下帯まで新たにして行った。戦場の使いであるだけに、血ぐさい身装や血汐の痕などは、殊更に注意して避けるのだった。もちろん敵の本営中で万一という場合に備えての、死の「身ぎれい」