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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
大義には哭くが、小義には哭かない。怒れば国の大事か武門の名かで、平常は至極無口になった。たいがいなことは、切れ長な瞼の辺で笑っている。ちと、壮年者には似あわないがそういう風格に変じて来た。
そのかわり理想とするところへは独往邁進、着々と無言で進んでいる巨歩のあとが窺える。そのもっとも偉なのは、上洛朝拝の臣礼を、彼のみは怠らずにいることである。
京都と越後との距離は、小田原の北条より、甲斐の信玄より、また駿府の今川家よりも、どこよりも遠かった。けれど信玄も義元も氏康も、各※(二の字点、1-2-22)自国の攻防と一身に気をとられて、まだその挙のないうちから、謙信は、天文二十二年のまだ弱冠のころに逸はやく上京し、時の将軍義輝を介して、朝廷に拝し、天盃を賜わり、種々の献上物を尊覧に入れなどして、臣謙信の把る弓矢の意義を世に明らかにしていた。
つづいて、おととし永禄二年にも上洛した。度々の彼の忠誠に、朝廷におかれても、御感悦はいうまでもなかったが、関白の近衛前嗣などは、ひそかに彼のために案じて、
(遠隔の地、こうお留守になされては、御本国の領も、さだめしお心もとないことでしょう。