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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
また、過ぐる年の原之町の合戦では、単騎、上杉勢の中へ奮迅して来て、二十三人の敵を槍にかけ、槍弾正という名を謳われた保科弾正や、それに劣らない武功をたてて鬼弾正とならび称された真田弾正のような勇士も、その部下にはたくさんいた。
槍弾正も、鬼弾正も、甲州方の勇士であるが、上杉勢の下にも、武勇にかけてなら、彼に負けを取らないほどな者は、無数といっていいほどいる。
謙信が人いちばい目をかけていた山本帯刀などは、阿修羅とさえ称ばれた者であった。いつの戦いでも、退け鉦が鳴って味方が退き出しても、いちばん最後でなければ敵中から帰って来なかった。そしてその帰ってくる姿はいつも兜のいただきから草鞋の緒まで朱に染まっていた。また、どんな大将首を獲っても、腰につけて持って帰ることはしなかった。それでは、軍功帳に記録されないで、
「折角の軍功も無駄になるではないか」
と、人がいうと、彼は、
「軍功に、無駄なし」
と、答えたという。
功名のために、首を荷にして持ちあるき、首の数など心がけていては、次々の働きに邪げとなる。そういう彼の信条だった。
で――彼のことを、首捨帯刀などと、越後では綽名したが、そのため軍功帳にのぼらず、長年のあいだ、足軽五十人持ぐらいの一部将にとどまっていた。