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けんきょうじゅなん

剣侠受難

国枝 史郎

「東京日日新聞」1926(大正15)年5月28日~11月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,479 字 · 394 页

青空文庫

なんだ、泣きやんじゃッた!」

「なんだい忠三、いいかげんにおしよ」涙をふくとイスラエルのお町、グルリと一つ寝返りを打った。喜んだのはスペイン猫で、乳房のおもしから逃げ出してしまった。と、お町、口をすぼめ煙りを吐いたものである。

「あのね、いずれはそうなろうよ。お館様のお力に、おすがりするようになるだろうさ。それよりほかに今のところ、いい手段はないのだからね」

「そうでげしょう、そうですともさ。そうきまったらさあすぐに」

「ところが駄目さ、まだ今はね。……誰かいっそ強い押し手で、押し立ててくれたら飛び込んで行くよ」

「え?」といったが忠三には、どうやら意味が飲み込めないらしい。「なんのことでげす、押し手とは?」

「はっきり妾にもわからないが、なんだかそのうちに、もうすぐにも、何かが妾の前へ来て、妾の心をかり立てて……」あこがれるように茫然と、白堊の天井を見たものである。

「ははん」と忠三、今度はわかった。「いけねえなあ、大望の邪魔だ」

「何がさ?」とお町、眼を返す。

「やっぱりなんだ。玉の杯には、底がねえ方がよさそうだ」

コツコツと戸を打つ音がした。

「ああいいよ。はいっておいで」