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ことうのおに
孤島の鬼
江戸川 乱歩
「朝日」博文館、1929(昭和4)年1月号~1930(昭和5)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 181,795 字 · 359 页
「分る? 私今、何をお返しにすればいいかと思って、心配していたのよ。指環なんて、私買えないでしょう。でも、いいものがあるわ。ホラ、いつかもお話した私の知らないお父さまやお母さまの、たった一つのかたみの、あの系図書きよ。私大切にして、外出する時にも、私の御先祖から離れない様に、いつもこの手提に入れて持っていますのよ。でも、これ一つが私と、どっか遠い所にいらっしゃるお母さまを、結びつけているのかと思うと、どんなことがあっても、手離す気がしないのだけれど、外にお贈りするものがないのですから、私の命から二番目に大切なこれを、あなたに御預けしますわ。ね、いいでしょ。つまらない反古の様なものですけど、あなたも大切にしてね」
そして、彼女は手提の中から、古めかしい織物の表紙のついた、薄い系図帳を取り出して、私に渡したのである。私はそれを受取って、パラパラとくって見たが、そこには、昔風な武張った名前が、朱線でつらねてあるばかりであった。
「そこに樋口って書いてあるでしょ。分って、いつか私がタイプライターでいたずらしていて、あなたに見つかった名前、ね、私木崎っていうよりも、樋口の方が本当の私の名前だと思っているものですから、あの時、あなたに樋口って呼ばれて、つい返事してしまったのよ」