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ことうのおに

孤島の鬼

江戸川 乱歩

「朝日」博文館、1929(昭和4)年1月号~1930(昭和5)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 181,795 字 · 359 页

青空文庫

諸戸は賊の手並に感嘆して云った。

「だが、暗号文が敵の手に渡っては、一刻も猶予出来ませんね」

「愈々明日立つ事に極めた。もうこうなっては、逆にこちらからぶっつかって行く外に手段はないよ」

その翌日、忘れもせぬ大正十四年七月二十九日、私達は旅支度も軽やかに、南海の一孤島を目ざして、いとも不思議な鹿島立ちをやったのである。

諸戸はただ旅をすると云い残して、留守は書生と婆やに預け、私は神経衰弱を治す為に、友達の帰省に同行して、田舎へ行くとの理由で、会社を休み、家族の同意をも得た。丁度七月の末で、暑中休暇に間もなかったので、家族も会社の人達も、別段私の申出を怪しみはしなかった。

「友達の帰省に同行する」事実夫れに相違なかった。だが、何という不思議な帰省であったろう。諸戸は父の膝元へ帰るのだ。併し、父の顔を見る為ではない。父の罪業を審き父と闘う為に帰るのだ。

志州の鳥羽までは汽車、鳥羽から紀伊のK港までは定期船、それから先は所の漁師にでも頼んで渡して貰う外には、便船とてもないのである。定期船と云っても、現在では三千噸級の立派な船が通っているが、その時分のは、二三百噸のボロ汽船で旅客も少く、鳥羽を離れると、もう何だか異郷の感じで、非常に心細くなったものである。