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ことうのおに

孤島の鬼

江戸川 乱歩

「朝日」博文館、1929(昭和4)年1月号~1930(昭和5)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 181,795 字 · 359 页

青空文庫

東京の会社で算盤を弾いていた頃の私には、まるで想像もつかない、架空のお話か夢の様な境遇である。真実私は一人ぼっちで、徳さんのむさくるしい小屋の隅に寝転んで天井板のない屋根裏を眺め、絶間ない波の音を聞き、磯の香を嗅ぎながら、此間からの出来事を、みんな夢ではないかと変な気持になったことも度々であった。それでいて、そんな恐ろしい境遇にいながら、私の心臓はいつもの通り、しっかりと脈うっていたし、私の頭は狂った様にも思われぬ。人間は、どんな恐ろしい事柄でも、いざぶつかって見ると、思った程でなく、平気で堪えて行けるものである。兵士が鉄砲玉に向って突貫出来るのも、これだなと思って、私は陰気な境遇にも拘らず、妙に晴々した気持ちにさえなるのであった。

それは兎も角、私は先ず第一に諸戸屋敷の土蔵の中に幽閉されている、諸戸道雄に事の仔細を告げて、善後の処置を相談しなければならなかった。昼間が怖いと云って、暮れ切ってしまっては、電燈もない島の事だから、どうすることも出来ない。私は黄昏時の、遠目には人顔もさだかに分らぬ時分を見計らって、例の土蔵の下へ行った。心配した程のこともなく、島中の人が死絶えたかと思う様に、どこにも人影はなかった。