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ことうのおに
孤島の鬼
江戸川 乱歩
「朝日」博文館、1929(昭和4)年1月号~1930(昭和5)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 181,795 字 · 359 页
そして、直ぐ様、どこか向うの方から、小さな声で、
「アッ、縄がない」
と答えるものがあった。地の底の谺である。
諸戸はその声に、驚いてうしろをふり返って、「エ、なに」と私の方へ蝋燭をさしつけた。
焔がユラユラと揺れて、彼の全身が明るくなった。その途端、「アッ」という叫声がしたかと思うと、諸戸の身体が、突然私の眼界から消えてしまった。蝋燭の光も同時に見えなくなった。そして、遠くの方から、「アッ、アッ、アッ……」と諸戸の叫声が段々小さく、幾つも重なり合って聞えて来た。
「道雄さん、道雄さん」
私は慌てて諸戸の名を呼んだ。
「道雄さん、道雄さん、道雄さん、道雄さん」と谺が馬鹿にして答えた。
私は非常な恐怖に襲われ、手さぐりで諸戸のあとを追ったが、ハッと思う間に、足をふみはずして、前へのめった。
「痛い」
私の身体の下で、諸戸が叫んだ。
なんのことだ。そこは、突然二尺ばかり地面が低くなっていて、私達は折重なって、倒れたのである。諸戸は転落した拍子に、ひどく肘をうって、急に返事をすることが出来なかったのだ。
「ひどい目にあったね」
闇の中で諸戸が云った。そして、起上る様子であったが、やがて、シュッという音がしたかと思うと、諸戸の姿が闇に浮いた。