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ことうのおに
孤島の鬼
江戸川 乱歩
「朝日」博文館、1929(昭和4)年1月号~1930(昭和5)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 181,795 字 · 359 页
「一笑の価値もないよ。なんぼ意見の衝突があったところで、思慮のある年寄りが、たった一人のかかり子を、殺す奴があるものかね。それに、君の口ぶりで察するに、母親という人は、そんな恐ろしい事の出来る柄ではないよ。手提げ袋は人知れず隠せるにしてもだ、母親が下手人だったら、何の必要があって、チョコレートの罐が紛失したなんて、変な嘘をつくものかね」
深山木はそう云って立上ったが、一寸腕時計を見ると、
「まだ時間がある。明るい内に着けるだろう。兎も角、その初代さんの家へ行って見ようじゃないか」
彼は室の一隅のカーテンの蔭へ入って、何かゴソゴソやっていたかと思うと、間もなく少しばかり見られる服装に変って出て来た。「さあ行こう」無造作に云って、帽子とステッキを掴むと、もう戸外へ飛出していた。私もすぐ様彼のあとを追った。私は深い悲しみと、一種異様の恐れと、復讐の念の外には何もなかった。例の系図帳や私のスケッチなどを、深山木がどこへ始末したのかも知らなんだ。初代の死んでしまった今となって、私にそんな物の入用もなく、てんで念頭にも置いてなかった。
汽車と電車の二時間余りの道中を、私達は殆ど黙り込んでいた。