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とうおういぶん

東奥異聞

佐々木 喜善

「東奥異聞」閑話叢書、坂本書店、1926(大正15)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 63,862 字 · 124 页

青空文庫

ここかかしこか、とやかくというている間にその漁夫が気が狂うてしまった。そのうちに一天にわかに掻き曇ってきて風雨となり大洪水を起こして川々のサケ場も破れたが、一夜またその川口の片岸浜に突如として一の奇巌が現われた。里人のいうことには、その岩こそ前の漁夫の突き刺した怪物の化身であろうといいはやした。そのことがあったのはいまから五、六代も前のことであろうというが、いまでもその岩石が黒色を帯びて川口にある。またそれからはこの片岸村というにはかならず一人の発狂者が出で、絶えぬということである。

この話は一読してわかるとおり二種か三色の異なった分子が混交されて、いっしょくたにされた口碑である。しかしなんの不自由もなく樹木伝承から生石口碑へ連絡がつきまたそれぞれりっぱな形態を整えている。浜人から聞くとなお付会がされて、すなわちその浜で発狂した者はかならずその岩石にいって上り、かつ撫でそして何事か睦まじ気に語るが必定であるという。またその初代気違いの漁夫の突き刺して血を出させた怪物は、そのマツ樹の丸木舟の化けて川上に登って巨ウナギになったもので、そしてまた突き刺されて傷をえたのに腹をたてて洪水を起こして川を下り、こんどは岩に化けたのであるなど俚俗の詩人の作意にはまったく際限がないが、しかしそうかたく信じているのである。