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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
三
「誰にもいえないこと。……十六の時に」
と、胸を抱いて、
「わたし、何処の国にいたか、知っている? 関ヶ原の戦のあった年」
お甲は、不意にいやな顔して、
「ぺちゃぺちゃ、くだらないお喋べりをしていないで、三味線でも持っておいで」
つんと答えずに、朱実は起った。――そして三味線をかかえると、客を娯しませようとするよりは、自分ひとりの思い出でも娯しむように、
よしや、こよいは
曇らばくもれ
とても涙で
見る月を
「藤次さん、わかる?」
「ウム、もう一曲」
「ひと晩じゅうでも、弾いていたい――」
しんの闇にも
まよわぬ我を
アアさて、そ様の
迷わする
「なるほど、これでは確かに、二十一にちがいない」
三
それまで、沈湎と額づえついていた清十郎が、どう気をとり直したか、唐突に、
「朱実、一杯ゆこう」
杯を向けると、
「ええ、頂戴」
悪びれもせず、うけて、
「はい」
と、すぐ返す。
「つよいの、そちは」
清十郎もまた、すぐあけて、
「も一杯」
「ありがと」
朱実は、下へ置かないのである。杯が小さいと見えて、ほかの大きな杯で酌しても、あッけないくらいなものだった。
体つきでは、十六、七の小娘としか見えないし、まだ男の唇によごされていない唇と、鹿みたいに羞恥みがちな眸をもっているくせに、いったい、この女のどこへ、酒が入ってしまうのだろうか。