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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
弾琴
小山田備中守がうしろからたずねると弾正は、狭間から引っこめた首を振って、
「いやいや、おとといの晩、ひそかに出した大物見の一隊が、ただ今、ひどく射ちへらされて、残る七、八名もみな浅傷深傷を負い、城門まで立帰って来たのでした。――あの様子では、よほど深入りして、上杉勢の前哨に取囲まれ、辛くも馳せ返ってきたものでしょう。委細は聞き取って、後よりまたこれへ来て御報告いたしまする」
そうつげると、弾正は、信玄のゆるしをうけて、あわただしくここから一人だけ退席した。
弾琴
物見のやりとりは、互いに繁しい。
死を賭して、敵の本陣へ近づくしか、敵の核心を知る道はなかった。
ふつうの物見は、もとより小人数で行く。一人か二人の場合もある。
ところが、海津城から出た小物見では、生きて帰ってきた者がない。
そこで高坂弾正は、おとといの晩、二十五名組の大物見を出した。これなら敵の斥候隊と出合っても、それを殲滅して哨兵線を突破することもできようし、あわよくば妻女山の本陣まで接迫して、一人や二人は、何らかの情報を齎して来るだろうと期待していたのである。
「又六。もどったか」
弾正は、楼を下りると、すぐ城郭の一室へ、物見頭の高井戸又六を呼び入れて、報告を迫っていた。