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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
「まだで?」
「いかん」
当時の鉄砲の射程内は、およそ三十間どまりといわれているが、それも精いっぱいに届いた弾では、鎧の草摺や革胴から撥ね返されてしまうのだ。弾もまた三匁から七匁ぐらいな鉛丸を、漸く三発も撃てればよい方で、後は筒の関金や薬筒の焦けついた部分などを掃除しないと使えない。
このように厄介な物だったが、なおかつ、これは近年の戦場にすがたを出したばかりの最新鋭武器であった。財力的に豊かな甲州勢といえど、また文化的に鋭感な謙信といえど、漸くその全軍に百挺足らずか百二、三十しか持ち得なかったものである。
従って、その一発には、
「あだには撃たぬぞ」
という気がまえと、
「同じ仆すなら大将分を」
と、的にも大物好みを抱いていた。
たしかに従来の弓よりは的確に望みが遂げられた。――で鉄砲頭は弓頭以上、緒戦の功を欠いては御主君に相済まないと考えている。わずか二、三十名の銃口を預かっているのであるが、これが全軍の戦色に影響するところはもちろん大きいからである。
――足音。足音。――敵の足音までがはや耳にひびいてきた。
むらむらうごき旋るのは、上杉勢の人影ばかりではない。