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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

この日本のうごきにとっては、大海にただよう藁一本の存在でしかない」

特に、語尾をつよめた。

義清は真っ蒼になっている。聞き澄ますその薄い耳たぶにも血の色はなかった。

「――さるにこの謙信が、何故信玄と長年戦って来たかと申せば、元来、謙信には謙信の信条があってのことです。自分、年二十三にして、初めて、国内平定の業一まず備わり、微勲天聴に達するところとなり、畏くも、叙位任官の優寵を賜う。――微賤、遠くに坐ら、またひとたびの朝覲もせず、さきに優渥なる天恩に接す。勿体なきことの極みと、すなわち翌年、万難を排し、上洛して、闕下に伏し、親しく咫尺を拝し、また天盃を降しおかる。……実に謙信が弓矢把る身に生れた歓びを知ったのはこのときにであった。戦わん、戦わん、この土にうけた生命のあらん限りはと、戦うことの尊さ、戦うことの大なる意義、それらのことどもも、同時に、肝に銘じ、心魂に徹し、わが生涯は御階の一門を守りて捨てん。悔いはあらじと、深く深く心に誓うて退京いたした」

「…………」

「爾来、謙信の弓矢は、それ以外に、つがえたことはない。こえて永禄二年初夏、ふたたびの上洛にも、その前の折にも、畏くも、綸旨を降しおかれ、隣境の乱あらば討つべし、皇土をみだし、民を苦しめるの暴国あらば赴いて平定せよと、不才謙信に身にあまる御諚であった