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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
。
死に臨んでは、嫡孫信勝、勝頼以下の一族諸将を枕頭に呼んで、
「わが亡きのちは、構えて、みだりに兵をうごかすな。特に隣国の謙信には、信をもって汝らの倚託をうけて、裏切るような謙信でない」
そう遺言して、また、筆を乞うて、
大底他ノ肌骨ニ還ル
紅粉ヲ塗ラズ自ラ風流
と、最期の一偈をふるえる手に書き終るとともに息をひきとったという。
病についてから死ぬまでのあいだに、料紙八百枚に自分の花押を書いておいて、死後もなお、信玄死なずと、世に思わせておくように要意を遺しておいたという一事を見ても、いかに彼が、あとあとの備えに万端心をもちいていたかが窺われる。
英雄の心事は英雄のみが知る。謙信の想像は外れていなかった。また彼のいったとおり、信玄の死後も両三年のあいだは依然、甲斐源氏武田家は四隣に重きをなして何の破綻もあらわさなかった。
だが、ひとたび長篠へ出て、織田、徳川両軍の迎撃に惨敗を喫してからは、衰退頓に甲山の旗幟に濃く、さしもの士馬精鋭もその面影を失いつつあった。
こうした情勢のあいだに、人生の不測は、謙信にもめぐって来た。信玄死後五年目、謙信もまた忽然と世を去った。