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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
そして、
「所詮、山また山を踏み越え、道なきところを、落ちられるだけ落ちてゆくしか方法はない。各※(二の字点、1-2-22)も、駒を捨て、徒歩になられい。この渓流を渡り、彼方の山地へ入ろう」
と、いった。
悲壮な気もちが、自然、一同を無口にさせた。黙々として駒を捨てた。下野は、随員の中の小者へ、十頭の馬をひとまとめにして、附近の林の中へかたく縛りつけておけと命じた。
「どうせ、敵方の馬、どうなろうと、抛って行けばよいでしょう」
先へ気の急ぐ人々はいったが、斎藤下野は、かぶりを振って、
「農家の駄馬ですら、わが厩を知って田からひとりで帰る。まして飼い馴れたこれらの馬は、放せば忽ち元の道へ飛んで帰ろう。さすれば、追手の手引になる」
といった。
しかし、こうした彼の智慮と周到な用意も、それから後は、いかんとも施すに術もなかった。
城外の木戸口を守る者の抜かりから、すでに斎藤下野の一行が、そこを突破したと知った初鹿野伝右衛門の手勢――曲淵庄左衛門の手勢などは――間もなくこの山地へ殺到して、山へ迫って来た。
のみならず、信玄の棒道へ、忽ち、伝騎を飛ばして、先々の砦と聯絡し、やがて夜明けのころには、完全に、斎藤下野の一行を、甘利山の上に封じ込めてしまった。