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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
それとなく主君の謙信が、彼に目をかけてやっていたのは、そういう理由にもあるが、また、もう一つべつな事情にもあった。
山本帯刀の実兄は、甲州の謀将、山本勘介入道道鬼だということが、たれいうとなく知れわたっていた。
よく調べてみると、父親は異うらしいが、幼少はひとつに育った勘介の異父弟にはちがいないことが分った。――しかし、兄が甲軍の内にあるからといって、その後、甲越両軍の数度の合戦の場合でも、帯刀の働きは、ほかの戦陣の場合と、すこしも変りはしなかった。
烈しくさえあった。
「――さりとはいえ、兄弟両陣にわかれての働きは、人の子として、辛くもあろう、味方の者に、憂えたき思いをする日もあろう」
日ごろからそういっていた謙信は、永禄元年の和睦――甲越の一時的な和議のできた年に――とうとうこの鍾愛して措かない大事な家来を三河の徳川蔵人元康へ遣ってしまった。ねんごろな自分の書面に、使者の芋川平太夫を添えて、
(他家へゆずり難い最愛の家臣であるが、云々の事情故、当人も不愍とぞんじ、離し難きを離すのであれば、どうか末長く目をかけてやってほしい)
と、使いの口上にも意中をふくませて、その将来を呉々も頼んだのであった。