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けんきょうじゅなん

剣侠受難

国枝 史郎

「東京日日新聞」1926(大正15)年5月28日~11月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,479 字 · 394 页

青空文庫

「その素早い人間とは、杉窪の銅兵衛でございましょうな?」

「そうだよそうだよ銅兵衛だよ。きゃつも一個の人傑だが、その上に立っている人間が、すばらしくえらい人物だな」

「ははあ何者でございますか?」

「葵のご紋だ、葵のご紋だ」

その時であった、陣幕の外から、「天草殿へ申し上げます」こういう声が聞こえてきた。

「はいはい何用でござんすかえ?」天草時行気軽に答える。

「文三と申す若者、密々に言上致したいと、里を抜け出して参りましてござるが」

「ほほう、さようで。それは結構。文三さんとやら、さあおはいり」

声に応じて陣幕をかかげ、恐る恐る姿をあらわしたのは、さっき盆地を駈けあがり、天草の部下にとらえられた男、楠右衛門の子の文三であった。

「ようおいで、今晩は。築土よ築土よ、円座をおやり。さあさあ文三さんお坐りなすって。……さア何用で参れらたな? などと正面から切り出すと、ちといいにくうござろうな。開戦間際に味方を出し抜き、こっそり敵陣へ来られたからには、内応と見当をつけるが当然。よろしゅうござる。内応なされ。いずれござろうな、交換条件が。金かな、それとも女かな? 二つの外にはござるまい。