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けんなんじょなん
剣難女難
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页
「また来たか――」
と作左衛門は軽く笑った。それは小荷駄御用を引きうけた由良の伝吉で、他ならぬ作左衛門の使者であるため、乾分に任せず、自身でここまで従いて来たのであった。
伝吉は別旅籠をとッていたが、昨夜も酒の相手によばれて、深夜まで作左衛門と四方山話をして帰った。その間にも彼は、新九郎が名剣士と折紙打たれた暁には、千浪と夫婦にするという一言の言質を取ろうとして、折にふれ噂にふれ、それとなく二人の身の上を匂わせた。その度に作左衛門の老いの眼はかすかに潤んだ。殊に昨夜はホロリと一滴の涙さえこぼしたのを、伝吉は初めて見て自分も悲しくなったほどしみじみとして夜を更かした。
だが今朝は、作左衛門が出がけであるため、二言三言軽い言葉をかけられたのみで、彼は本陣を出て行く駕をなぜか知らぬ淋しい心もちで見送った。
鯖江の旧師を訪ねて、その駕が再び福井を指して戻って来たのは、ちょうどとッぷり日が暮れた頃だったが、四里とはない道のりなので、駕屋はただ一息の足どりで、闇街道ひた走りに飛んでくる。
ほどなく、福井の灯がチラチラ見えだした。駕は一散に、浅水の並木から真ッ暗な土橋へかかった。