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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

七

お延は努めて新九郎の機嫌をとっていたが、新九郎にはかえってそれが耐えられない苦痛だった。

左は谷、右は絶壁の下り道を、お延は新九郎の手を寸時も離さなかったが、とある曲り角へ来た時、彼は恟ッと立ち竦んで、

「あッいけない!」

と二足三足後ろへ押し戻した。

「どこか、隠れる所がないかしら? 隠れ場所はないかしら……」

お延の愕きは唯事ではなかった。新九郎は何事が起ったのか、しばらくわからなかったが、やがて五、六間ばかり前へ、麓から急ぎ足に上って来た黒頭巾の男を見た。

七

九十九折の一筋道、逃げる横道も隠れる場所もないので、お延が狼狽えている間に、黒頭巾の男は息せわしく摺れ違うまで側へ来たが、二人の姿を見ると、先も突ッ立ってしまった。

「やッ、わりゃあお延じゃないか!」

くわっと頭巾のうちから、炬の如き眼をみひらいた男は、雨龍太郎なのであった。彼は昨夜麓の刈石で泊っていたが山荘の火の手を見て、すわ一大事と駈け上がって来たのである。

「うーむ、さてはその青二才とぐるになって、山へ火をつけて逃げのびて来たのだ。己れ恩知らずめッ、ここで会ったが天命だ。二人共素ッ首を抜いてやるから覚悟しろ!」