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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

恋と剣解脱の涼衣

一

「試合なかばによそへ心を奪われるばかりか、師礼を弁えぬ不所存者。そのような不覚な心で上達がなろうか。ここな馬鹿者めがッ」

丁々と打って懲した上、千浪と御方を無理に誘って、自分の住居に誘い入れた。

床しき短檠の明り、百巻の兵書、何さまただの神禰宜の部屋づくりとは見えぬ。今、あれ程激しい稽古をつけて汗ばみもせず毛皮の上にゆたりと坐った左典、千浪と御方を近く寄せて、何やら懇々と一刻あまり説きさとした。

「おお、では新九郎さまには、それ程までにご苦行なされて、自斎を打ち込むご一心でござりましたか……聞くだに嬉しいことでござります」

「その一心不乱の矢先に、お身達が姿を見せるのは悪魔の訪れも同様、何ごとも新九郎の為じゃ、このまま逢わずにお帰りなさい」

「一時のお痛わしさは後の欣び、夜の明け次第にここを立ち去りますが、今仰っしゃった新九郎さまへ秘剣をお授け下さるというお言葉は、まったくのことでござりまするか」

「なんで偽りがあろう、その儀は必ず、左典が引受けた。江戸へ帰って吉報をお待ちなさるがいい」

「アア、有難う存じます……」

千浪は我が達成のように欣んだ。そして、朝の光を見ると間もなく、御方と共に大妻籠の峰を降りた。