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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

四

落ちたのである。

「おおッ!」

新九郎が真ッ赤な姿で、兄の体を抱き起しているところへ、息をきって駈けて来たのは千浪であった。――なおその後から、太守の忠房も小士の報らせに近侍を連れて大股に歩いて来る。千浪は重蔵の自刃を見ると声を揚げて泣き伏してしまった。そこへ、近侍が駈けつけて重蔵の耳に口を当て、殿のおいでになったことを告げると、彼は血汐の中から気丈な顔を上げて、忠房の方へ目礼した。そして、

「し、新九郎……新九郎はおらぬか……」

と苦しげな息で弟を招いた。新九郎は跳びつくように、

「兄上、この弟をご成敗なさらずに、なぜご自害なされたのでござりますぞ」

その前へ両手をついた。

「どう思案いたしても、そ、そ、そなたを殺すことは出来ぬからじゃ……兄の切腹は、今思いついたことではない、昨日から……こ、こころの裡で覚悟していたことなのだ……」

「えっ、では兄上には、昨日からこの新九郎に代ってお命を捨てるお心でござりましたか」

「弟ッ……」

重蔵は朱の手を伸ばして彼の体を引き寄せた。

「お前を生かしておいて、こ、この……兄が死んで行く気持が分るか。それは……鐘巻自斎を打ち込んでご当家の恥辱をそそぐ者は、ど、どうしても、この世の中にそちより他にないからだ。