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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

伽羅の闇謎の御方

一

気のせいか、啼く鳥の声も、どうやら心にかかる凶韻を含んでいるよう――

ここにまた、奇怪な旅侍が、峠の巌頭に腰を据えていた。彼は今朝からほとんど半日の間、何者を待っているのか、何の瞑想に入っているのか、とにかく、立ちもせず身動きもせず、正面の浅間の噴煙と向い合ったままじっとしていた。痴者か、隠士か、狂人か、何しろ不思議な侍と云うより他はない。殊に目立つのは、その者の深編笠の紐の辺りから胸へかけて真ッ黒な長髯がそよいでいることであった――と、彼の心耳に何が触れたか、初めてすッくと立ち上がって、々たる眼光を八方に配り出した。

伽羅の闇謎の御方

一

「千浪どの、あれ、あの鳥の声をお聞きか」

「まあ、珍しい鳥が啼いておりますこと」

「声は深山に聞く者もあるが、かつて、形は見た人がないと言い伝えのある仏法僧はあれでござりましょう」

「そう伺いますと、一層、山の深さが身に沁みて参ります。重蔵さま、明るい所へ出るのはまだなかなかでございましょうか」

「もう程なく、頂の平へ出る頃。栗の樹ばかりの木下闇も、かなり長い間でござったの」

「ちょうど私たちの身の上にも似ております……」

碓氷峠の細道、八丁常闇の陽の目知らず。