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けんなんじょなん
剣難女難
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页
七
「その弱いお心が悪魔でござります。殿御の一心で出来ぬことがござりましょうか」
「たとえ何ほど申されても、剣術嫌いは天性じゃもの……それより新九郎が切なる頼みじゃ、千浪殿、どうぞ拙者と死んで下され」
「エエッ」
と千浪が、愕きに身を反らしたのを、逃げると思ったか新九郎は固く袂を掴んで、
「そなたと死ぬなら怖ろしくもこわくもない。拙者の望みもそなたよりない今じゃ! 生きて武士の約束に縛られるより、二人でなら美しい夢見るように死んで行ける。それが増しじゃ、どうぞ拙者の手を取って、この世から遁れてくれ」
「…………」
「よ、千浪殿――」
と物の怪につかれたかのように、狂おしくなった新九郎は、生れて初めて抜いた己れの脇差を、ギラリと千浪の胸へ擬しながら、
「刺し違えてくれい」
と、自分も仰向いて、白い喉を示した。
七
その日の夕暮、同じこの男山八幡の境内を、参詣するでもなく、うろついていた一人の浪人があった。――面貌は深い熊谷笠に隠して唇元も見せないが、鉄納戸の紋服を着た肩幅広く、石織の帯に大鍔の大小を手挟み、菖蒲革の足袋に草履がけの音をぬすませ、ひたひたと一巡りしてから、どこともなく立ち去った様子であったが、夜更けてからまた同じ姿の輪廓を、星明りに浮き立たせて来て、魔魅の如く千浪の影に添っていた。