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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

三

それまでは何年にても宮津七万石の指南番の席は空けてお待ち致す考えでござる」

と破格な条件を残して行った。仙石左京之亮も、一藩の君主がそれまでに執心なら、むざと彼を旅立たすのでなかったにと後悔したが、後日に周旋を約して、ひとまず溝口伊予を帰したのである。

三

「旦那旦那、馬に乗っておくんなせえ」

「馬か、まず要らぬの」

「そんなことを云わねえでよ。福知山へですか? 元伊勢へお出ですかい、お安く行きやすぜ」

「要らぬと申すに。うるさい奴じゃ」

「帰り馬だから頼むんだ、ねえ乗ってくんなせえ」

「くどいッ」

と先の浪人は編笠を振り顧って、鋭く一喝した。その底力のある声に、道中ずれのした馬子も恟ッと首を悸めてしまった。

「亭主、茶なともらおうか……」

と浪人は微笑を洩らして、向うに見えた茶屋の床几へずいと腰掛けた。――その床几の真正面には、紫ばんだ大江山の巒影が、丹波の群峯の中に王座を占めて、飽くまで青い五月の空から、五十鈴の流れ由良の大河を俯瞰して、鬢ざわりよい若葉の風を浪人の肌に送ってきた。

「亭主、これから福知山の城下は何程あるな」

「左様でござりますな。まア三里でござりましょう」