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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

その前に、じっと俯向いて聞いていた新九郎は、今に至っても、空んじているほど、その時の母の言葉が脳裡に深く彫り込まれた。

「剣難とは、そんなに怖ろしいものか、ああ私はそれで死ぬ相を持っているのかしら」

後になって、こう思いだしたのが、そもそも、彼が臆病者となった重因だった。

腰抜け武士、腑甲斐なし、何と罵倒されようが、その恐怖というものは、十九の歳までとれなかったけれど、それと共に、「剣難より怖ろしい女難」と誡しめられたことの方は、まだ異性に何らの考えもなかった年頃だったので、脳に沁みつかなかったか、まったく忘れて今日に至っている。菖蒲の寮の奥で、今こうして、自分の運命の奇しさに思い入りつつある現在の新九郎も、女難という方には、更にうッかりしているのだった。

「まア、よくよく性を失っておいで遊ばすと見える、ホホホホホホホホホ」

不意に嫋美かな笑いこぼれ。新九郎はハッとして振り顧ると、簀戸の向うに透いてみえた姿は、たびたび枕元へ来て、優しい言葉をかけられた寮の主の御方である。

「いつそこへお越しなされましたか、さあ、こなたへ」

新九郎は生真面目である。

「春日さま。