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けんなんじょなん
剣難女難
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页
鹿島の使者孤剣飄客
一
蘭薬の効めは覿面。枕に顔をつけると一緒に、新九郎の頬から髪のあたり、生色失せて真っ白となった。ひとしきりグッと前後不覚になったような乱れ寝息、それが熄むと魂魄肉体を抜けうせた如く昏々果てしもない麻酔の沼へ陥ち込んでいった様子。
夜気冷やりとしてきた子の刻過ぎ、更け沈んだ離室の灯は、丁字に仄暗く、ばさと散った蛾の翼から、粉々と白いものが新九郎の顔に降った――と、魔魅のすり抜けてくるよりも密やかに、橋廊下を、辷ってきた影は、しばらく、簀戸の外にたたずんで、中の気配をうかがっていた。そこの簀の目に、ぼうと映って見えた姿は、まぎれもない寮の御方である。
冷たい蝋色鞘の大刀を、片袖で胸へ抱き、片手で簀戸を開けた御方は、魔女か、蛇身かのように、新九郎の側へするすると寄って、その口もとへそっと手をやった。
鹿島の使者孤剣飄客
一
この頃江戸の町には奇怪な見世物が流行っていた。時代に投合したものか、市人の趣向に適したものか、とにかく大変な人気である。
しかしここで奇怪というのは、三ツ目小僧や南蛮渡りの鳥類の類いが珍らしいという意味ではない、時代の風教、殊に武道の上からみての奇怪至極な見世物小屋。