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けんなんじょなん
剣難女難
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页
玄蕃と一角は、覚えの一刀を前落しに押さえて草むらに隠れ、小六は手馴れの短槍をとって、堤の上からただ一突きと息をのんで待ち構えている。
たまたま走る夜駕の灯も絶えて、初更を過ぎかけたこの街道は、刻一刻と、夜涼の静寂に澄み切って、時折、空には飛ぶ星、地には撩乱の露草に啼きすだく虫の音があるばかり。
と――月見草のやさしい中に、怖るべき魔人の剣が潜んでいようとは、よもや、夢にも知ろう筈がない尺八の音色――、それに連れて、ピタリ、ピタリ……としずかに夜露の土を気まかせに踏んで来る天蓋の影二ツ。
「来おったな! あの人影はたしかに虚無僧、春日重蔵と千浪の二人だ」
密かにプツリと切る鯉口、リュウッと槍の空しごきをして竦める双眸、人の魂を吸うような冷たい風が、そよそよとあたりの闇に吹き漂っている。とは知らず、歩一歩と、彼方の影はここへ近づいてくる。
吹きつつ来るのは何の哀曲か、地上の露を払い、天の星を澄ますような音色――それは、聞く人各※(二の字点、1-2-22)の心に依って、流々の身をかこつ調べとも聞かれれば、また、仇を求める一念の送りとも聞こえ、あるいは、作左衛門の魂魄やはかなき変を聞いた新九郎の為に、兄と恋人とが手向ける譜とも聞かれるのである。