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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

「水瀬や、用事が済みましたら、少しも早うここを立ちましょうぞ」

さやかな絹ずれの音と共に立ち上がった様子。見れば、灯影を横にすッきり立った雪の姿は、まぎれもない菖蒲の寮の御方である。

白鷺の白さをあざむく白縮緬の小袖に、公卿紋の雪頂笹を紫に染め、帯は蜀江か西陣か見分けもつかぬような絢爛。もの云うごとに玉虫色の唇は、妖魅の如き美しさを湛える。

帰り支度を取り仕切った老女の水瀬は、もう一人の腰元と共に、部屋の戸口に手をつかえて、

「さ、お越し遊ばしませ……」

御方はただ頷いて、ススススと、橋がかりの離亭を出て、大座敷から玄関へとさしかかる。ともうそこへは、梅茶亭の主人夫婦から召使がズラリと並んで、下へも置かぬ送りよう。

駕も、町の四つ手とは違って立派な女駕。それが三挺、一同の送り言葉を後にしてゆるゆると三橋の方へ指して行った。すると間もなく、御方の駕の中で、扇子と掌を打ち合すような怪しい音が二ツ三ツ洩れた。

諜し合しておいたことでもあるのか、その音を耳にとめると、老女水瀬は同じく駕のうちから、

「これ駕の者――」と声をかけ、

「にわかに御方様がお急ぎの用を思い出してじゃ。