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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

「あッ」

振り顧った黒装束は、ピュッと眉間へ来た新九郎の切尖に、よろめきながら、

「新九郎が出たぞッ、後ろを気をつけろ」

と絶叫しつつ、真ッ赤な顔を押えて仰向けにぶっ倒れた。電閃の隙に、三太刀三人を斬って捨てた新九郎は、血脂をのせた四度目の太刀を振りかぶったが、途端に、何者とも知れぬ早技で、

「若蔵ッ――」

鋭い一喝と共に、片足をパッとすくい上げられた。彼は思わず、とん、とん、と後ろずさりによろめくと、そこへぬッくと駕の垂れをはねて、眼の前に現われた白髯の老武家侠客があった。即ち、深見重左衛門。

針を植えたような眉の蔭から、々たる双眸を此方へ向けて云った。

「おい若えの、取るにも足らぬ生兵法の細腕立は止めちゃあどうだ。強ってじたばた埃を立てると、大人気ないが、深見重左が王義明致流の極妙で、汝の五体を立竦みにしびれ殺してくれるぞよ――」

ピタリ新九郎の胸元へ突きつけて来たのは、剣にあらず槍にあらず、ただ一本の竹の細杖。

しかも刃もなく、錵もなく光もない竹杖が、ひと度髯の重左に、

「はッ」

と気魂を吹き込まれると、剣気村正の如く、王義明致流の秘妙を脈々と伝えて敵へ迫ってくる。