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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

三

「ははッ!」

と彼は平伏しながら、いよいよ是が非でも勝たねばならぬ責任の磐石を背負ってしまった。否それより、間違えば禄離れ――一期の浮沈にもかかわるところだ。その代り勝てば加増と名誉は知れきっている上に、自分を見縊った正木作左衛門をも見返すことが出来る。或いは情ない千浪もその耀きになびいてくるかも知れない――などとさまざまな雑念にふと気を奪られている耳元へ、ドドーンと合図の太鼓が、胸の底まで響くほど力強く打ちこんできた。

三

諸士の試合の番数は進んだ。

矢来の外には数万の群集が、咳一つ立てぬほど緊張していた。松平侯、京極侯の桟敷でも無論眼も放たず一勝負ごとに一喜一憂を現わしているが、厳粛そのものの如く両々対峙して水を打ッたようになっていた。

四月の空は瑠璃より碧かった。陽は爛々とこの壮観に君臨する弓矢の大武神の如く耀いている――その栄光を一身にうける、場の中央に毅然と仁王立ちになった一人の剣士の面には、今勝ち誇った色が満ちていた。数万の大衆も敵も味方も、彼の飛び離れた腕前に舌を巻いて驚嘆の眼を瞠ってしまった――その剣士は余人でもない。京極方の大月玄蕃であった。