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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

と、駕わきの徒士が立ち淀んでしきりに処置を講じていた。――と、六尺の足を止めさせていた殿の駕内から、何か低い合図があったと見えて、一人の家来が厳そかに膝まずいてお駕の覗窓戸をスーと開けた。

どこの太守であろうか、江戸城退出の帰りと見えて、式服の半身がその中に見えた。額の青さ色の白さいかにも秀麗な殿である。ジイとこなたへ眸を吸いつけていたが、やがてのこと、

「オオ……」

と乗り出さんばかりに駕戸から声をかけて、

「そこに在るのは春日重蔵、ならびに正木作左衛門の娘ではないか」

「やや、そう仰せられますのは? ……」

土下座をしていた千浪と重蔵は、意外な大身から意外な言葉をかけられて、両手をついたまま畏る畏る訊き返した。

「両名の者、予を見忘れていやるか、よう面を上げて見るがよい……」

「おお」

「憶い出したか」

「へへッ、郷国福知山のご領主にあらせられる松平忠房公。何でお見忘れしてよいものでござりましょう」

「ウム……」

忠房はニッコリ頷いて、

「さても、思いがけない所でそちたちを見かけたものじゃ。千浪も……重蔵も……永年辛労の程察し入るぞ」

「恐れ入ってござりまする……」