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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

「おお、おお……どこかで尺八の音がしてやしないか。それとも拙者の気のせいかしら……」

「ほんに近い所で、貴方の嫌いな尺八を吹きだした者があるようでござります」

「あの音を聞くと、思い出す者があって、心の底を苛責の鞭でさいなまれる……御方、一体どこから聞こえて来るのだろう」

「あ、あんな所に二人の虚無僧が――」

「なに、虚無僧が?」

窓口から乗り出して、御方の指さす崖下へ眼をやった新九郎は、その時偶然に、下から天蓋を仰向かせていた二人の虚無僧と、かなりの距離はあったがバッタリ顔を見合せた。

彼は生色を失って、障子の蔭へ無意識に身をすくめてしまった。そして、

「閉めてくれ、閉めてくれ……」

と叫んだが、御方は一層窓に身をもたせて、二人の虚無僧から疑惑の眸をはなさなかった。

四

尺八の音はすぐ途切れた。

崖下の広い屋敷の奥から、一人の侍がピタピタと歩いて来た。見ると、三日前に松平侯の駕わきを離れて、千浪と重蔵に殿の内命を囁いて行ったかの侍。

とすると、ここは松平忠房の愛宕の下屋敷であろう。そして今、裏門に立って尺八の訪れをしたのは、その約束に依って来た千浪と重蔵であるに相違ない。