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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

その上、死力をこめて行く国俊の太刀も、どうした早技か、鉄扇に搦み落されて、あッと驚いた途端には、跳び込んで来た自斎に新九郎の身は横捻じに組み締められて、彼がポンと離すと共に、新九郎はグタリとなってそこに倒れてしまったのである。

気絶させた二人を置き放して、自斎は編笠を拾い取り、スタスタそこを立ち去ろうとしたが、ふと立ち止まって、懐から前の「剣秘不識篇」の古書と矢立をとり出し、挟み紙にサラサラと何事をか書きのこして、それを新九郎の懐に差し込んだまま、道を急いで大妻籠の峰へ向った。

山ひだは濃い紺色をしッくりさせて、十七峯の空は、いつか夕雲華やかに流れ、木の間洩れの陽が山路を赤く染めている。

五

「おウい、行者殿、行者殿」

誰か耳もとで呼ぶ声に、ふと気がついた新九郎、まだ気が張り詰めているので、思わずムックリ眸を上げて見ると、眼の前にいるのは自斎ではなくて、麻の道服を纏い手に藜の杖を持った一人の老翁。

「かねてから、仔細ありげに思うていたが、さてはそういう大望を抱かれているお身の上であったか……、ウーム、しかしこれは容易ならぬことじゃ」

五社明神の階段に腰かけて、こう呟きながら童顔の眦をつぶった老翁は、即ちここの荒れ宮を守る神禰宜の橘左典であった。