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けんなんじょなん
剣難女難
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页
新九郎は、ハッと動悸を高めて、物蔭へ身をひそませたが、向うへゆく後ろ姿が、どう見ても千浪の細そりした型に間違いないので、時やその他の不合理を疑う余裕もなく、すぐ身をひるがえして後を追って行った。
さきの影は、女とも思えぬ迅さであった。新九郎は、途中でふと千浪ではないかしらと遅疑したが、音無瀬川の縁へ出た時、川面の水明りでいよいよ彼女に間違いないことを知った。
それにしても、千浪はこの夜更けにどこへ行くのだろう? しかも一人で――新九郎は眩めくほどの嫉妬を感じた。淫婦めッと心に罵りながら、他の男と密会するところを突き止めた上の覚悟まで考えながら走りつづけた。
×
そそり立つ神代杉の真っ黒な影が、星の空を狭めているので、男山八幡の広前は漆のような闇であった。ただかすかに拝殿の古御簾を洩れる灯影が、階下に跪いた一人の女の祈念へ、ほのかな神々しさを流していた。
半刻あまりも、一心不乱の祈願をこめた女は、やがて立ち上がって小刻みに戻りかけると、
「千浪殿――」
と物蔭から出て来た男が、犇と女の片手を握りしめた。
「おお! 新九郎様」
と千浪は、それが曲者であるより以上に愕きの眼をみはった。