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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

五の一

「これで話はきまった」と栄二は酒を呷ってから云った、「よかったらさぶはこれから浅草へいって来てくれ、おすえちゃんは金杉へ帰るんだ、勝手なようで済まねえが、いまはおれを独りにしてくれ」

さぶは持っていた椀の蓋の、冷たくなった酒を啜り、おすえは燗徳利を置いて、うちは金杉三丁目裏の弥六店、父の名は平蔵だと云った。

「もういちど云うが、おれを待っていなくてもいいんだよ、おすえちゃん」と栄二がそっぽを向きながら云った、「――この世に生きていると、いつどんなことが起こるかわかりゃあしないんだからな」

五の一

玄関までの敷石に氷が張っていて、一刻もまえから降りだした小雨にも溶けるようすがなかった。栄二は傘をすぼめて戸袋に立てかけ、格子をあけてはいると、上り端の六帖ではいつもの小僧が、麻の袋を持って板に打ちつけていた。小僧の手はしもやけのため紫色にふくれ、指のところどころに血が滲んでいた。

栄二が取次ぎを頼むと、小僧は立ってゆき、まもなく庄吉という手代が出て来た。

「先日はお騒がせして申し訳がありません」栄二は挨拶をしてからそう云った、「今日は乱暴なまねは決して致しませんから、旦那にちょっとおめにかかりたいんです、おてまはとらせませんからって、そう申上げて下さい」