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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

「おまえは、妻女山まで行ったか」

「へい。参りました」

「妻女山のどの辺まで」

「山の上から、方々、歩いてきました」

「どうして敵に捕まらなかったか」

「わからねえでがす。おらにも」

「妻女山には、何があった」

「上杉方の武者衆が、たくさんいました」

「山上まで歩いたならば、謙信のいる本陣も見かけたであろう」

「へい。ちょうど、山の上に一晩夜を明かしましたで」

「本陣を窺ったか」

「夜半に、琴の音が聞えましたで、はて、変だなと思いながら、木の蔭を、ごそごそ這ってそこまで行きました」

「琴の音が? ……。琴の音とは何じゃ。夢でも見たのではないか」

「おらも、初めは、夢かと思いましたが、覗いてみると、大将の謙信が、小さな唐琴を、膝にのせて、弾いておりましたで、やっぱり夢でなかったと思いました」

「覗いたとは? どこを」

「篝の燃えている本陣の内を」

「そこで、謙信がただひとり、深夜、琴を弾じていたと申すか」

「ひとりでございませぬ。陣幕の裾のほうへ退がって、若い大将、髪の白い大将、何やら五、六人はおりましただが、みな、居眠っているのやら、泣いているのやら、首をうなだれて、じっとしておりました」