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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

謙信の声であった。時雨もよいな雨気を帯びた風に、四囲の陣幕がしきりにはたはたと鳴る中からの命であった。

侍臣が、答えるとすぐ、どこやらへ駆けた。

山の諸所に分れている各部隊の陣所へであるらしい。ほどなく招かれた諸将が前後してここへ入って来た。――直江大和守、柿崎和泉、甘糟近江守、長尾遠江など、いわゆる帷幕の重臣のみだった。

「ほう。これは」

入って来るなり諸将はみな眼をみはった。広やかに筵が敷きのべてあったからだ。しかも各※(二の字点、1-2-22)の坐るべきところには、白木の折敷と杯とが備えてある。膳部の折敷には、ちょうど出陣か勝軍を祝ぐ時のように、昆布と栗などが乗っていた。柿の酢あえだの、干魚を煮びたした肴なども見える。ほんのわずかずつではあったが、自然薯も磨り卸してあった。

「何事のお召かと存じましてまいりましたが……これはまたいかなるお歓びの祝宴にござりますか」

甘糟近江守がたずねた。

十名からの宿将たちが、のこらずそれへ着席したのを見てから、謙信はにこやかに、

「山中暦日無しというが、去月十四日、春日山の城を立ってから今日でちょうど二十五日目、月もこえて、九月九日。