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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
――つまり今日限り、村上家に対する御任侠はおやめねがいたいのです。それがし自身も、直ちに、お暇を乞うて、高野の山奥へでも、遁世仕る所存にござりますれば」
非常な勇気をもって、義清は一息にいった。生来、善人で遠慮がちなこの人が、これ程のことをいうには、よほどな決意と勇気を胸に誓ってであろうと、正直にその心もちは受けとれるのである。
「ほう」
謙信はその大きな眼を殊さら大きくみはった。
「……では、何といわるる。あなたは、祖先以来の地、旧領信濃に帰って、ふたたび以前の領民にまみえる望みを断念したと仰せらるるのか」
「そうです。……折角、今日まで九ヵ年のあいだ、お館を初め越後衆全体の御援助をこうむりましたが」
ここまでいうと、義清はまた胸をくずして、べたりと、畳に両手を落し、その上に面を伏せてしまった。
髪の毛がふるえている。その髪にもはや白い霜が見える。
いまこそ、他家の客分となって、かく謙信の前にも卑下しているが、この人の血液には正しく高貴のながれさえある。清和源氏の末流、信濃の名族だ。気のどくな境遇よと、謙信はその老いを見るにつけすぐ思う。そしてその一半の罪は自分にあるような責任すら覚えるのだった。