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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

牛の草鞋

すでに。

林のまわりは、甲州兵の鉄甲が囲んでいた。槍、太刀、具足の燦めきが、木の間木の間からここを窺っていた。

牛の草鞋

緋衣の大僧正は、壇へ向って護摩を焚いていた。下には具足した信玄の体は肩も腰も丸く見える。

祈祷の衆僧と、信玄幕下の諸将も、伽藍いっぱいに立ちこめる護摩のけむりの中に、いならんでいた。――そして時折鳴る敵国調伏の鐘の音、誦経の諸声は、この烈石山雲峰寺のふもとまで聞えた。

かなり長い時間である。――十七日の午過ぎた陽はすでに笛吹川の彼方へうすずきかけている。

出陣に際して、武将が、何らかのかたちで、心身を潔斎してゆくことは、常例であるが、上杉謙信は、神式に則って神を祭し、武田信玄は、その出陣となるや、かならずこの烈石山雲峰寺に祈願をこめて進発した。

夜来、信玄はすぐ甲館躑躅ヶ崎を立ち、ここに戦勝を祷ってかつ、続々と馳せあつまる味方の参禅を待ちあわせていた。

ひとたび、彼の召しが、その勢力下に、檄となって飛ぶとき、一体、どれほどな軍勢が寄って来るものか。

ここ烈石山からながめても、一目したぐらいでは、量りきれぬ数である。

境内、山内、末院の庭々はいうまでもない。