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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
日傘
それが、白痴か、戦さ下手な男とでもいうなら、信玄の心労はなかったろう。およそ、戦場において、信玄をよく知る者は信玄の帷幕にある者より謙信であった。同時に、謙信の面目を知っている者も、謙信の左右にいる者以上、信玄が詳しかった。
疾キコト風ノ如ク
徐カナルコト林ノ如シ
自ら掲げて自己の面目としている例の一丈八尺の大軍旗の文字は、信玄の頭上にはためいて、しきりと何事か、暗示しているかのよう思われた。――けれども彼の心は決して、幽林の如く寂ではなかった。
日傘
また朝を迎えた。
すでに八月二十八日。
裾花川を辿って、長野、善光寺方面へ、大物見に行っていた山県三郎兵衛、原隼人などの隊が帰って来て、
「旭城の方にも、何らのうごきは相見えません」
との復命を齎した。
信玄は、聞くと、
「確と、旭城の小柴宮内は、城を出るような気ぶりでないか」
と、念を押した。原隼人も、山県も、
「ございませぬ――」と、はっきり言葉をかさね、
「妻女山の兵と、旭城の兵とが、わが軍を誘うて、挟撃に出んなどとは、思いもよらぬことであります。そんな憂いのないばかりか、お味方がかく双方のあいだを中断するの位置に布陣いたした為、妻女山への食糧の輸送すら敵は困難を極めているものと見られまする」