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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
聞えない振りしておれ。そのうちに行ってしまおう」
中では、それも一興にして、返辞もせず、炉の火燗を、出したり入れたりしていたが、外の弥太郎は、帰ればこそである。
「おおウい。凍えてしまう。開けてくれい。――やいっ、開けないか。知らん振りをしていてもだめだぞ。弥太郎の鼻だ。前を通ったらぷーんと薫って来たではないか。この雪道、どうして素通りできる。……意地悪をするなよ。こらっ。こらッ」
家の中で、くすくすと、笑い声がしている。弥太郎はいよいよ烈しく叩いて、
「ばかだなあ、貴様たちは。せっかくおれが、酒のさかなにと、よい土産をさげて来たのにこれを無駄にするのか――折角のこれを」
ほんとらしくいったので、その土産のさかなに釣りこまれたのか、根まけしたのか、とうとう中の者も、そこを開けて弥太郎を車座に迎えてしまった。
弥太郎は痛飲した。手ぶらで来て、そこの五人分も飲んで、炉のそばへ、横になると、やがて高鼾である。
「怪しからんやつだ」
と、彼のために、甚だしく淋れた座を見まわして、一人がぼやいた。
「癖になる」
目交ぜして、頷きあうと、無理に弥太郎をゆり起した。そして、武士が虚言を吐くとは怪しからんと責めた。