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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
客来一味
同時に伝右衛門は頭を下げた。そして謙信の声を聞くとともにその面を上げていた。
「武田家の臣、初鹿野伝右衛門であるか。先頃より対陣のまま、まだ一戦も交えぬに、折入っての使い、そも何事をこの謙信に齎そうというのか。機山大居士が託し向けられた旨、早速に承ろう」
謙信のことばであった。
伝右衛門はそこでもう一度、はっと頭を下げ直した。答えは何もあわてるには及ばない。そう自分へいい聞かせながら、幾つかの呼吸を腹の下に調える間に、彼は篤と目を凝して、初めて仰ぐ不識庵謙信なる人の人がらをその眼の点に烙きこんだ。
客来一味
謙信は、芝生に床几をすえ、至極、清楚なすがたを、それへ倚せていた。
黒糸おどしの具足の上に、菊桐を透かしとした胴肩衣を羽織り、皮鞘の長太刀を横たえているに過ぎない。――ただ樹の間から映す秋の陽に、鎧の金小貫や太刀金具が身をゆるがすたびに燦くため、それが甚だしく人の眼を射る。
とはいえ、謙信の眼ざしは、敢えて人を圧するものではなかった。豊かな頬に、鶯茶の禅家頭巾の裾が垂れている。その柔らかさと、その眸とは、不調和なものではなかった。
わけても、伝右衛門が眼をひかれたのは、一隅に置かれてあった十七絃の唐琴と小鼓であった。