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けんきょうじゅなん
剣侠受難
国枝 史郎
「東京日日新聞」1926(大正15)年5月28日~11月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,479 字 · 394 页
「生死の境いを経てくると、人間というものは変りますなあ」
お町が聞きのがす筈がない。「袴様、どういう意味で?」
だが広太郎答えない。庭の木立を眺めている。とまたつぶやいたものである。
「本来私はあの時に、殺されている身分でございますよ」
「ほんとにあぶのうございました」
「それを今日生きております」
「ご運がよかったからでございます」
「いやあなたに助けられたからです」
「妾、よいことをいたしました」
「私の身体はあの時以来、私のものではない筈です。あなたのものでございますよ。……それはそれとして人間というもの、ああいう境地を経て来ると、覚悟が出来るものですね。流れるままに流れよう。こだわらずに生きて行こう。過去は一切消えたのだ。現在ばかりに生きて行こう。そうしてそれもあなた任せ! こういう覚悟でございますよ」
一種の悟りの結果でもあろう。広太郎の言葉には含蓄があった。
「だがこれまでになりますには、相当煩悶も致しました。陰気になったのはそのためです。しかしこのごろになって、心が明るくなりました。どうしようとも思わない。どうなろうと勝手である。あなた任せ、あなた任せ! で自然心がすみ、気持ちも陽気になりました。