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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

そして血糊の上から、膝の傷口を捲きしめると、彼の精気は再び月光の世界に、はっきりと蘇生ってきたが、同時に、あたりを見廻して、いまし方の、無慚な不覚が、彼の血潮の中にむらむらと無念を燃え立たせてきた。

あたりには、すでに船の影も、その船から、猿ぐつわをはめた女を拉してきた、荒くれ男どもの姿も見えない。どこへ行った?

新九郎は血眼になった。

「いかに、たしなみのない腕にせよ、対手が多勢にせよ、武士が町人どもの手込めにあって、この態とは、吾ながら浅ましい……」

新九郎は歯ぎしりを噛んだ。あの女を助けてとらせたい為に、五人の町人を向うに廻して、斬り結んでいたのは、今となってみれば夢中。いつか自分は手傷をうけて、気を失った際に、対手は逃げてしまったのだ。

「こんなことで、かりそめにも、鐘巻自斎を打ち込むことができようか」

彼は、よろばいながらも、懸命の力で立ち上がった。何かにつけて、新九郎を鞭打つ対象は、「鐘巻自斎」の四文字であった。

河原を抜けて、街道へ出ると、一筋の見渡される月明り、その小半丁先にあたって、点々と黒い人影、しかも晃めくものは、たしかに乱れ入れ合う剣の光だ。