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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

二

咽びながら、再び云った言葉は、夢ではない。正しく千浪であった。そして、彼女も同じように、現世の月がありありと照る下に、恋人の姿を見た驚きに衝たれて自失しているのだった。

二

大月玄蕃の毒刃におわれて、新九郎と相抱いたまま、音無瀬川の千仭の闇へ、身を捨てた二人は、変転の波、数奇な運命にあやつられつつ、ここに、ゆくりなくも巡り会った。

それにしても、千浪がどうして助かったかと云えば、あの夜、数時の後に、ある荷船の篝火に見出された。その船持ちが、舞鶴の新造だったのである。

気を失っていた彼女が、そこで救い上げられたとは、後に知ったことであった。新造の親切も、初めは並ならぬくらいであったが、狎れるに従って、その親切は、千浪の美貌を手馴ずけようとする仇な野望と変ってきた。千浪は獣の檻をおそれた。新造はいよいよ露骨に迫ってくる。彼の女房もまた、怖ろしい嫉妬の眼を千浪に向けてきた。一つ軒の下に、浅ましい嵐の渦が絶え間なく起ってきた。

舞鶴の新造は、その結果、別に一軒の家を借りて、千浪をそこへ引き移した。しかし彼女には武士の娘という見識と、貞操を護る懐剣とがあった。