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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

「はて?」

新九郎が不審そうに、小首を傾げると、御方は指さして、また悩ましいまで媚に満ちて笑いこぼされる。

「あんな、誠しやかなお顔をして、これを知らぬという筈がありましょうかえ、春日さま、お前様は、嵐の夜の前に、首尾の松の下で摺れ違った船から、阿娜な女に、この扇を投げられたのではありませぬか。それが風の加減で、妾の船へ落ちてきたもの……遠くも隔たっておらなかったので、妾はその時の態をありありと見ていましたのじゃ。そして、心憎い首尾をする恋仲よとも思いましたぞえ」

「もっての他」

新九郎は慌てて打ち消しながら、あの宵に、チラと見たお延の姿をやっと憶い出した。

「夢にも、恋仲などという女ではござらぬ」

「ホホホホ。仰っしゃる忙しさは、よう妾に読めております。その女子に逢いたいため、早くこの寮から逃げたいお心……」

「何としてそのようにお弄り遊ばされる。新九郎近頃もって迷惑つかまつります。逃げたいなどという所存は」

「ないと仰せ遊ばしますか」

「…………」

「春日様。いいえ、もうお前様とは格別お親しゅう思っている妾、新九郎さまと呼んでもおかしゅうござりますまい。新九郎様」