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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

四

「何、知り人が?」

と一同で疑わしげな眼を向け直す間に、すばやく、ツツツと小六と源七の間を摺り抜けてきた侍は、右手の鉄扇を左の手に持ち直し、いきなり身の悸むような雷鳴一声、

「大月玄蕃ッ動くまい!」

「あッ――」

うッかりしていた右腕を不意に掴み取られた玄蕃は、思わず恟ッとして間近にその人を見れば、南無三、編笠の内からゆったり垂れた、脅威の長髯は一目で知れる鐘巻自斎。

四

「悪い奴に――」

と心の底で怯えをとった大月玄蕃は、さすがに反向けた面にも生色を失ってしまったが、幸せと熊谷笠に顔を包んでいたので、

「不躾け至極な人違い、大月玄蕃などとは思いもよらぬ云いがかりを申す奴だ。この手を離さっしゃい」

と言葉鋭く云い切って白ばッくれた。

「何、云いがかりとか。ははははは汝が玄蕃に非ずしていずこに大月玄蕃と呼ぶ者があろうか。二年前には桔梗河原で、近くは碓氷峠で見受けた汝の姿を、ここで見損じるような拙者ではない。見つけ次第に引ッ捕えて報らせようと、重蔵殿に約してあるのじゃ。玄蕃ッ、汝も武士の片われではないか」

「む、むウ……」

「山陰切っての一刀流の達者と呼ばれ、一度は京極殿の指南番まで勤めた堂々たる剣客ではないか、なぜ左様な卑怯をする。