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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

荒みゆく御曹子の悩み

一

「こりゃお延! 妾の思いは、後で存分知らしてくりょう程に、しばらくそこで、この先そちが苛まれる、苦患の闇をみつめておるがよい」

憎念の語気するどく云い捨てるが早いか、真白い手に、刀の鯉口を握りしめて、彼の姿は魔か風かのように、そこを走り去ってしまう。

と――その頃から、瞋恚の人の胸にも似る乱れ雲は、まだ春寒い如法闇夜へ、ポツリ、ポツリと、冷たい雨をこぼしてきた。

荒みゆく御曹子の悩み

一

半開きの傘に首を入れて、白い素跣足、尻からげ、小雨に暗い柳原土手を、一散走りに飛んできた一人の侍。

――と、すぐまた、つづいて来た二人の男がある。

先の侍の後から、一枚の蓆を頭に引っ張り合って、これも韋駄天、銀杏稲荷の鳥居の中へ、濡れ燕のように駈け込んだ。

「おお冷てえ、どうやら、酒も醒めそうだ」

「おまけに、ここへ着いたら小降りだぜ、いやに依怙地にできてやがる」

脱った蓆を抛りだして、空を仰いだ二人は、今し方まで、風呂屋町の扇屋にいた、こんがら重兵衛にせいたかの藤兵衛。

一足お先に、傘をつぼめて、狐格子の前に腰を据えていた侍は、ちょっと、綺麗な定九郎とも見立てられる身拵え、二本差の浪人伝法には、ちと優し過ぎて、凄味を殺す片靨を見せながら、